遺伝による先天性の疾患は大きく3つに分けられます。
➀単一遺伝子疾患と呼ばれる先天性の疾患は、その名の通り1つの遺伝子が変異することにより起こります。
②染色体異常症は染色体の数や構造が異常になることで起こる病気です。ダウン症は有名な染色体異常症の1つです。
③多因子遺伝子疾患は遺伝的な要因と、環境要因の両方によっておこる病気です。乳がんや糖尿病は有名な多因子遺伝子疾患の1つです。
単一遺伝子疾患と染色体異常症の違いを認識することが重要です。
染色体の中身(=遺伝子)による異常が単一遺伝子疾患で、染色体そのものの異常が染色体異常症です。
このページでは、➀単一遺伝子疾患の常染色体劣性遺伝についてみていきます。
単一遺伝子疾患の分類
単一遺伝子疾患はさらに4つに分類されます。
X連鎖は性染色体の遺伝子を意味します。伴性も同様の意味です。
よって単一遺伝子疾患は、異常な遺伝子が含まれるのが常染色体か性染色体かでまず2つに分類されて、さらに優性遺伝か劣性遺伝かによってそれぞれが2つに分類されているということです。
このページでは、常染色体劣性遺伝の例を解説します。
常染色体劣性遺伝
常染色体劣性遺伝は、常染色体にある遺伝子の異常によって引き起こされる単一遺伝子疾患です。劣性遺伝のためホモ接合体(aa)の人のみに疾患が生じます。
劣性遺伝の場合、ヘテロ接合体(Aa)は症状が現れません。
従って表現型としては正常となります。
しかし子孫に劣性対立遺伝子を伝達することで、子孫が発症する可能性があります。
このためヘテロ接合体はキャリア(保因者)と呼ばれます。
両親がヘテロ接合体(キャリア)の場合以下のようなパネットスクエアになります。
よって子は1/4の確率で正常となり、1/2の確率でキャリアとなり、1/4の確率で発症します。
従って疾患を発症するかしないか(=表現型)のみを考えるなら、親から子へ伝達する確率は1/4です。
しかしさらに1つ下の世代(孫世代)まで影響を及ぼし得る確率は、キャリアを含めるため3/4となります。
ここでは常染色体劣性遺伝の例として鎌状赤血球症、フェニルケトン尿症、ガラクトース血症、嚢胞性線維症をみていきます。
鎌状赤血球症
鎌状赤血球症とは、赤血球が変形してしまう疾患です。
正常な赤血球は上の画像のように、円盤系で中心部がくぼんだような形をしています。
焼く直前のハンバーグのイメージです。
これが鎌状赤血球症になると、下の画像のように変形します。
文字通り、鎌のような形に変形します。
正常な形の赤血球は柔軟性が高く、毛細血管のような狭い血管の中でも通り抜けることができます。
しかし鎌状に変形した赤血球は柔軟性を失っているため、毛細血管などの狭い血管で詰まってしまいます。その結果各器官や組織で梗塞を起こしたり、血栓を生じさせたりします。
主な症状はクリーゼと呼ばれる激しい疼痛が全身に生じることや、梗塞による全身の臓器の機能不全や発育不全などがあります。
正常な赤血球の寿命は約120日ですが、鎌状赤血球症に赤血球だと約15日です。そのため溶血性貧血を引き起こし、だるさや目まいなどの症状が出ることがあります。
鎌状赤血球症は11番目の染色体の、このβグロビン遺伝子に変異があることで引き起こされます。
これによってヘモグロビンタンパク質の1つのアミノ酸がグルタミン酸からバリンに変化します。たった1つの塩基の違いにより鎌状赤血球型のヘモグロビン分子となり、疾患を引き起こします。
鎌状赤血球症は劣性遺伝のため、ホモ接合体(aa)の人のみが発症します。
しかしヘテロ接合体(Aa)の人も、著しい低酸素状態で鎌状赤血球症の症状が現れることがあります。
また鎌状赤血球症の遺伝子を持つ人はマラリアに感染した際の症状が軽減されることが分かっています。
マラリアに感染した赤血球は鎌状に変形し脾臓で破壊されるためです。
そのため鎌状赤血球症はアフリカで多く確認されています。
日本では約3000人に1人の頻度の病気で、根本的な治療法は骨髄移植や造血幹細胞移植しかありません。
フェニルケトン尿症
フェニルケトン尿症とは、フェニルアラニンを分解する能力が著しく低下してしまう疾患です。
この疾患の原因は、フェニルアラニンという必須アミノ酸を分解するPAH(フェニルアラニン水酸化酵素)の活性が低下することです。
そのため体内にフェニルアラニンが蓄積することで症状が現れます。
またフェニルアラニンを正常に代謝したときに生じるチロシンが欠乏するため、チロシンの不足による症状も現れます。
主な症状はフェニルアラニンの蓄積による精神発達障害やネズミ尿臭、チロシンの欠乏による色素の欠乏などがあります。
ネズミ尿臭とは、フェニルアラニンのケトン体であるフェニルケトンが尿として体外に排出される際の特有なにおいのことです。
またチロシンが欠乏することで、色素が欠乏し、赤髪や茶髪、皮膚が色白になるなどの症状が現れます。
この疾患の主な治療法は食事療法です。
フェニルアラニンは乳製品や肉類、卵、人工甘味料など様々な食材に含まれています。
そのため食事療法として、フェニルアラニンを多く含む食べ物を食べない方法がとられます。
この食事療法は生涯にわたって必要なため、患者への負担がとても大きいです。
フェニルケトン尿症は約8万人に1人と稀な病気で、国の難病に指定されています。
ガラクトース血症
ガラクトース血症は、ガラクトースを代謝する酵素が欠損しているために、ガラクトースが体内に蓄積することで症状を引き起こす疾患です。
ガラクトースは、乳汁や乳製品などに多く含まれるラクトース(乳糖)を構成する糖です。
ラクトースを分解すると、グルコースとガラクトースに分かれます。
このガラクトースを代謝する酵素が欠損していると、ガラクトース血症となり血中のガラクトース濃度が上昇します。
主な症状は嘔吐、黄疸、下痢、白内障などです。
ガラクトース血症は新生児にみられます。母乳や人工乳を飲むことで症状が現れて、ガラクトース血症の診断を受けることが多いです。
主な治療法は、食事療法です。ガラクトースを含む食材をとらない方法がとられます。
そのため新生児の場合は母乳や一般の人工乳を摂取することはできず、大豆から作られた人工乳を摂取します。この食事療法も、フェニルケトン尿症と同様で生涯にわたって必要なため、患者への負担がとても大きいです。
嚢胞性線維症
嚢胞性線維症とは、気管支や消化管などが粘度の高い分泌液で詰まり、様々な症状を引き起こす疾患です。
嚢胞性線維症は第7染色体にあるCFTR(嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子)という遺伝子に異常が生じることが原因です。
このCFTR遺伝子は塩化物イオンのチャネルとして、細胞膜を介したイオンの移動に関わっています。この遺伝子に異常が生じることでイオンが移動ができなくなり、分泌物の粘り気が強くなります。
粘度の高い分泌物は体中の様々な器官で症状を引き起こします。
肺では、細い気管支に分泌物が詰まることで呼吸障害が起こります。また細菌に感染しやすくなり、炎症が慢性的になって組織が破壊されていきます。
腸では、特に胎児で分泌物による閉塞がみられます。
出生後すぐの便を胎便といい、閉塞が生じていると胎便の粘り気が強かったり、脂を多く含んだりします(脂肪便)。
この閉塞は胎便性イレウスといい、上記の症状の他に腸捻転や穿孔など重大な合併症を引き起こすことがあります。
腸の閉塞により腸がねじれる(腸捻転)と、腸に孔が空き(穿孔)、胎便が腹腔内に漏れ出すことがあります。これは重篤な炎症や感染など、命に関わる危険な合併症です。
また、胃が分泌物によってふさがれると、消化酵素が腸に届かなくなり、腸での栄養物の吸収が正常に行われないことがあります。これによって膵臓が瘢痕化(線維化)し、インスリンを産生できないために糖尿病を併発することがあります。
このほかにも生殖器の閉塞による不妊(ほぼ男性に発症)や、汗腺から塩分を多く含んだ汗が分泌されることによる脱水症状など、様々な器官に症状が現れます。
嚢胞性線維症に対しては、CFTR修復薬を経口摂取する治療や、症状が現れた器官に対するそれぞれの治療が行われます。
重度の閉塞などに対しては、手術による治療も行われます。
コメント